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(2019.9.17发表内容)
诸稽郢行成于吴
【作者】 佚名 【朝代】先秦
诸稽郢行成于吴-8
越王许诺,乃命诸稽郢行成于吴,曰:“寡君勾践使下臣郢,不敢显然布币行礼,敢私告于下执事曰:‘昔者,越国见祸,得罪于天王,天王亲趋玉趾,以心孤勾践,而又宥赦之。
諸稽郢(しょけいゑい)呉(ご)に成(なかなお)りを行(おこな)ふ-8
越王(えつおう)は、許諾(きょだく)し、乃(すなわ)ち諸稽郢(しょけいゑい)を呉(ご)に成(なかなお)りを行(おこな)は命(し)む。 曰(いは)く、寡君(かくん)の勾践(こうせん)が下臣(かしん)の郢(ゑい)を使(つか)ひ、敢(あ)へて顕然(けんぜん)として幣(ぬさ)を布(の)べて禮(れい)を行(おこな)はず、敢(あ)へて私(ひそか)に下(した)執事(しつじ)に告(つ)げて曰(いは)く、昔者(むかし)、越国(えつこく)禍(わざわ)ひせられ、天王(てんおう)に罪(つみ)を得(へ)たり。 天王(てんおう)は親(みづか)ら玉趾(ぎょくし)を趨(はし)り、以(もっ)て勾践(こうせん)を孤(す)てんと心(おも)うて、又(また)之(これ)を宥赦(ゆうしゃ)す。